【第115回】「少年ジャンプ+漫画賞 2023年冬期」橋本悠先生講評全文を特別公開


本日、「少年ジャンプ+漫画賞 2023年冬期」の選考結果が発表されました。

特別審査員の『2.5次元の誘惑』橋本悠先生から、最終候補に残った作品に対して詳細な講評をいただきました!
選考結果発表ページには収まりきらなかった全文を、こちらで公開いたします。
受賞者以外の新人作家の皆さんにも参考になる内容になっておりますので、是非ご覧ください!


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佳作
『怪猫』永田暗治

【橋本悠先生講評】
72pの力作ありがとうございました。とても読み応えがある漫画でした。
暗い漫画かな、と不安になりながら読み進めましたが、ラストは素直に「よかった~」と思えて、よい読書体験でした。そういう意味できちんと漫画として完成しています。
「話のこのへんでこういうシーンを挟むとグッときそう」のような直観がすでに身についているのか、ページやコマは多いものの、意味のないシーンがあまりなく、気持ちよく読み進めることができました。
これだけのページ数を母娘の宿命という一つのテーマで(魔女と猫もここでは母娘でしょう)まとめきっていて、これは誰にでもできることではありません。
まずは誇りましょう。素晴らしいことです。最高!

そこでさらに、この作品がもっと良くできそうだな、と個人的に思ったところを2点、書かせていただきたいと思います。
長くなりますので気が向いたら読んでみてください。

①「リアリティ」について
全体的に細かいところでリアリティ不足が気になりました。
「漫画なので細かいリアリティは無視して都合のいいように描く」という考えもあり、これ自体は否定しません。ある程度ポップな漫画なら無視してもいいでしょう。ただリアリティの精度は作風や、読み手の「読み方」を左右します。
例えば「未成年が借金で苦しい思いをする」という話を読むのは読者にとって辛いことです。もちろん私も辛かったです。
人間は、辛いことに直面してそれを正面から受け止めきれない時、「発想の転換」でそのダメージから逃れようとします。
「ていうか子供が借金で苦しむとか現代日本ではありえないんですけど?怒」などと、「暗い話を読んで辛い気持ち」を「本来関係ない箇所への怒り」などに変換して逃げようとします。
これが読者の心の中で(無意識でも)起きる反応です。ひたたび読者をこの状態にしてしまうと、お話にどっぷり浸ってもらうことは難しくなります。「リアリティを高める」というのは「読者の逃げ道を塞ぐ」技術なのです。

終盤のカタルシスのために序盤中盤には必ず読者にストレスをかけることになります。
ここを諦めずに読んでもらうためには、読者をストレスから「逃がさない」ために丁寧に納得させなければいけません。そこで必要なのが「リアリティ」です。

なぜ現代社会で、未成年の主人公が親の借金に苦しんでいるのか?
50pに唯一「悪い大人の言われるがままハンコを押す」という描写があって設定が破綻しているわけではないのですが、この出来事の前におばあちゃんに引き取られて何年か過ごしているはずなので、その時に祖母(ないし法定代理人)は相続放棄の手続きをしてあげなかったのか、とかシングルマザーの借金が3000万に膨れているということは闇金でしょうから、警察、弁護士等に相談できなかったのか?など疑問は尽きず、「おばあちゃんが孫を守ってくれなかった」という不本意な描写にも繋がりかねません。

細かいことを突っ込んでいるように見えるとは思うのですが、これはむしろチャンスなのです。
「こんな設定ありえない!」と言っているのではなく「理由を描こう!」という意味です。
例えば「相続放棄や自己破産という手段も知らされていたけど、逃げずにちゃんと借金を返そうとしていた(それがクズの母と自分は違う、という証明になるから)」「祖母には母の借金の事実を隠し通したor死ぬ気で祖母を説得した」などの描写をもっと丁寧に重ねてリアリティを突き詰めていけば、母親に似た自分を嫌悪しながらも、「母親と私は違う!」と自分に証明するように生きる、この子の宿命に抗おうとする人間らしさを描くことができ、逆にさらに読者の感情移入が強めることができるかもしれません。(50pの描写にその片鱗が見えるのですが、個人的な感覚では、ちょっと遅いか、足りないです。)

長く連載をしていると、「どうしても描きたい話とリアリティに辻褄を合わせなければいけない」という状況に追い込まれます。そういう時、むしろそのギャップの大きさを頑張って埋めたときにかえってキャラが立つ、というのはままあることです。
「現実でありえない設定」は、リアリティを突き詰めて初めて、「現実にはいないくらい強いキャラ」になれるのです。

作者の方がもしとてもお若いのであればあまり意味のある指摘にならなかったかもしれないのですが、その場合「自分にはまだまだ知らないことがある」ということを自覚して、常に自分の話に対して「こんなこと現実で起きるか?」と調べるクセをつけてみるなど、「人生経験をリサーチでカバーする」という技術としても覚えていただきたいなと思います。

②「お約束」について
お話を描いたり読んだりするうえでは、守らなければならない「お約束」がいくつかあります。
その中の一つが、「都合のいいことが起きたら代償を払わなければならない」というものです。
これがなぜか、というのは、とても長くなるのでここでは理由は割愛します。
「それがフィクションにおけるリアリティだから」「読者は基本的に公平世界仮説を信じているから」とか端的な説明は存在するのですが、他人の解釈はどうでもよくて。それはこの先、作家として生きていく中で、沢山漫画を読んだり映画を見て、自分なりの理由を見つけてほしいなと思います。
ここではとりあえず、「そのお約束を守らないと読者が安心してドキドキしたりハラハラしたりできない」ものだと覚えておいてください。

この作品では序盤、これだけデカい猫がアパートの一室にいて変な声出してるけどバレてない、というギリギリのリアリティラインを「部屋から出なければバレない」と設定することで保っています。
読者も「わかった、そんぐらいのリアリティのバランスでいくのね。OK」と、ここで作者と読者の契約が成立します。
読者は、作者の匙加減であるリアリティを、この約束によってとりあえず納得してくれているわけです。その約束を、作者は最後まで守らなければなりません。
つまりどういうことか。
「猫が部屋から出たら、みんなにバレなければならない」んです。
「猫がリスクをとって部屋から出た」のに「別にバレなかったし殺されなかった」というオチを何の説明もなくやってはいけないんですね。
ということは、もちろんちゃんと説明があればやってもいいんです。「なんか別にバレなかったわ!」という都合のいいことが起きたなら、そのかわり悪いことでバランスをとる、という感覚です。
さすがにいくら風化したとはいえあれだけの懸賞金が残っている以上(いまだにツチノコを探している人も現実にいますし)あのサイズで今後もバレない、は無理でしょうから、例えばですが、
けだまが主人公を助けてくれたあのときに(読者との約束を守って)周りの住民にバレて追われて心配するんだけど、けだまはそのとき魔力を使い果たしてしまっていて、普通の猫サイズになって主人公のもとに帰ってくる。だからバレない。(都合のいいこと)
でももう二度と悪い人から守ってはくれなさそうだな。(ここが代償)
次は私が強くなって守らなきゃいけないんだ。
くらいのバランスでもいいかもしれません。これはあくまで一例で、このバランスのとり方というのは作家性が出るチャンスなので、ぜひ自分なりのリアリティを追求していって下さい。

私もご都合主義の漫画は大好きで、いいことばかり描きたいです。だから都合のいいことばかり起きるのは大歓迎です。
そこで私たちがやるべきは、それを「ご都合主義じゃん」と一蹴されないようにリアリティのバランスを頑張ってとっていくことです。描きたい話を面白く描くために、ぜひこの技術を覚えていってください。
とても長くなってしまいましたが以上になります。次の漫画も楽しみにしていますので、どんどん大作を描いてください!


橋本先生特別賞
『正反対のナルキソス』金野利幸

【橋本悠先生講評】
非常に完成度の高い作品でした。絵も上手いし、コマ割りも工夫されているのにとても読みやすく、技術的には言う事ありません。
特筆すべきはストーリーテリングで、美しさを保つために人を食べる美女、芸術家、モデル、真の美醜というテーマ。これだけ使い古されたモチーフの組み合わせにも関わらず、丁寧な描写の積み重ねによって、この作者にしか描けない漫画が生まれています。

登場キャラクター二人は特殊な設定にも関わらず、生い立ちや、感情の推移に全く無理がなく、大きく変化していくヒロインの気持ちがすっと入ってきます。
ストーリーのラストでたどり着く一言は、このテーマへの解答として本来とても陳腐な答えのはずなのですが、二人の紡いだ「非常に個人的な体験」を経たことによって、ヒロインの「超個人的なセリフ」に昇華しています。

本当に何か強いて言う事があるとするならば、「全体的にテクニカルすぎる」という点くらいです。
本当にこの作者が心から描きたかった話なのか?というのは感じました。「この漫画を読んで評価してくれ」と言われてちゃんと読んだら満点なのですが、「めちゃくちゃ面白いか?」や「買って読むか?」とかになるとまた別の評価軸が加わるのがプロの世界です。(ただその点を差し引いてもなお、『本当にいいストーリーだった。読んで良かった』というのが今回の評価です。)

技術的にはすでにプロフェッショナルなので、プロ漫画家を目指すのであれば、「誰の目にも魅力的なキャラやストーリー」を生み出したり、「自分にしかない表現のクセ」を獲得していったりしてほしいと思います。


編集部特別賞
『Bow!』夜久美良

【橋本悠先生講評】
絵と世界観はダントツで良かったです。いますぐこの絵と空気感で食べていける。そういうレベルです。
会話だけで物語が済んでしまうプロットはやや物足りなかったですが、表情やセリフの魅力がそれを補って、「空気感の魅力だけでファンを作れる作家」を目指せるポテンシャルを感じました。

一番気になったのはキャラ設定のリアリティでした。
ヒロインはこの家庭環境でいつ宝塚を目指すきっかけに触れたのか?
いつどこで知ったのか?実際に観たことはあるのか?
宝塚というキラキラした言葉だけが独り歩きして、このヒロインがどれだけ宝塚に憧れているか、いかにその舞台に立ちたいか、そういう本気度が今一つ伝わってこなかったのが惜しかった点です。
仮にモデルがいるとか、この世にこういう人が実在するとしても、読者に「本当?」と思われてしまうともったいないので、「宝塚に行きたい女子高生」のリアリティの補強か、もしくはヒロインの「本気度」がわかる描写が欲しかったです。それは次にどんな漫画を描くことになっても、キャラクターへ感情移入させるために必ず必要になる描写なので、ぜひ身に着けてほしいなと思います。


最終候補
『ゲームと小さな三銃士』高梨悠人

【橋本悠先生講評】
大風呂敷を広げず、身近な題材で一つ話をまとめようとした点は良かったと思います。
少しずつ変化していく主人公の感情はとてもわかりやすく丁寧に描かれており、誤魔化さずに正面から漫画を描こうという気概に100点をあげたいです。

惜しかったのはやはり、「誰でも想像できる感情」の範囲に収まってしまったかな、という点です。
某ゲームを一切やったことがない人でも描けそうなセリフがほとんどだったので、もしこの世であなたにしかない、非常に個人的な「昔の3人組でのゲーム体験と再会」があるなら、「あなたにしか書けないゲームを通じた友情」のストーリー、またはセリフ一つでもいいので、それを見たかったな、と思います。

最終候補
『どこでもキューブ』武藤凌平

【橋本悠先生講評】
面白い漫画を描いてやろう!読者を楽しませてやろう!というプロ意識を一番感じた作品でした。
ただ設定が奇抜な分、描くのが難しい漫画になったと思います。
キャラクターの行動規範に一貫性が乏しく、説明不足や描写不足も目立ちました。
「転送の際に着地点の人が犠牲になる」という設定は今回の話でめちゃくちゃ大事な要素なのですが、説明も主人公のリアクションも、読み飛ばしそうになるくらいアッサリしていて危なかったので、ポイントポイントでしっかり強い演出を心がけるとさらに読みやすくなると思います。

「仕掛け」を意欲的にたくさん配置している作品だったので、ワープ装置がルービックキューブである意味も、
最後に伏線として回収されるかな?と期待していましたが、そこももう一工夫あるとさらによかったです。
しかし「仕掛け」で盛り上げようというエンタメ意識は今回ほかの作品に不足していたものだったのでとても楽しめました。そのプロ意識はどんどん伸ばしていってほしいと思います。

最終候補
『寝相が悪い男』阪中博紀

【橋本悠先生講評】
非常に完成度の高いギャグ漫画でした。(いい意味で)普通に爆笑しながら読んでしまいました。
絵も可愛くて読みやすかったですし、絵柄と作風もマッチしていて、非常に完成度が高いと思います。
ギャグの面白さについて特に言えることはないのですが、(私はギャグ漫画家ではないので)フリの効いた天丼もしっかり決めて、ミッドポイントでライバルとなるヒロインの登場、ラブホテルでの長尺アクションと、飽きることなく楽しませる姿勢は紛れもなくプロです。

ただ強いて何か言うとすればちょっと長かったです。
現代漫画の感覚なら16pくらいでできそうな内容だったので、冗長なコマを詰めて密度を上げるか、34p描くならもう少し展開があっても良かったかもしれません。

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橋本先生、ありがとうございました!
読者の皆さんもこの講評を参考に、引き続き創作に励んでいただければ幸いです!

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